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小説:『水色の夢に出逢って』

 空は雲ひとつなく澄みきって、遠景が見渡せる。
 ユウヤたち一行は、数日を過ごした小さな村を出て、街道を歩き始めたところだった。目指すのは大陸の中心に位置する、世界で一番大きい街――通称、塔都だ。
 
「徒歩での旅なんて、ちょっとワクワクするよね!」

 と、カオルが伸びをしながら進み出た。その後ろで、ユウヤは不安そうだ。

「でも、一ヶ月くらいはかかるんだよね? たどり着けるかなぁ」
「ユウヤは体力ないからな」
「うっ……」

 ユウヤは顔をしかめながら、手にしていた地図に視線を落とす。
 地図には太陽大陸の全景が描かれている。一部大きく欠けているが、おおまかにひし形に見立てることができ、現在のユウヤたちがいるのは下端のティスティアという地方だ。

「――あ、ティスティア山脈って、あれかあ」

 ユウヤは顔を上げて、地図と景気を交互に見比べる。なだらかな平野に白い街道がゆったりと続く先、正面には霞んだ山々がそびえていた。

「そうみたいだな。塔都ってのは、あの山の向こうか。確かにあれは素人には無理そうだ」
「だから迂回しなきゃいけないんだよね」
「そういうことだ」

 ユウヤは地図を指でなぞる。正面の山脈を越えていくのが最短のルートではあるが、そびえる山々は険しく難易度は高い。
 山脈が途切れる西の方まで迂回して歩くのが、ティスティア地方から塔都に至るための現在の一般的なルートだった。

「よし、とにかくこの道を歩いていけばいいんだね!」

 とユウヤは地図を折りたたんで、伸びていく道の先へ目線を上げた。
 太陽大陸には、街や村を繋ぐ街道が広く敷かれている。歩きやすく道幅もある街道の周囲には点々と宿場町も栄えており、道行く人も多い。
 気温もちょうどよく、穏やかで歩きやすい季節。旅の条件は悪くなかった。

「見て見てユウト! なにあれ! あそこに変なのがいる!」
「……いるな」
「あー! ほら、もう一匹いるよ!」
「……ちょっと落ち着けよ」

 半日ほども進んだころ、街道は森の中に入っていた。木々を切り開いて敷設した道なので、道の両脇には木々が生い茂り、時折動物たちが顔を出す様子が見られる。
 ユウヤは足を止めて、幹の影から覗く小動物を手招きした。

「ウサギみたいでかわいいね!」

 とカオルもその隣にしゃがみこんで手を伸ばす。手のひらほどに小さいウサギのような生き物だが、ピンクや水色など、彼らには見慣れない不思議な毛並みをふわふわさせている。

「あ、逃げちゃった」

 さっと向きを変えて森の奥へ走っていく毛玉を見送ったカオルが振り向くと、シズクの肩と頭に三匹のふわふわウサギが乗っていた。
 
「いつの間に!?」
「しーっ……」

 手のひらに降りてきた一匹と指先で戯れるシズクを見ながら、カオルとユウヤはひそひそと話す。

「いいなあ~、シズクに懐くのはどこの世界の生き物も一緒なんだね」
「不思議だよね、おれたちとなにが違うんだろう……?」
「お前は声がでかいんだろ」

 とユウトはあきれ顔で横やりを入れる。

「だ、だって……見たことないものばっかりで面白いんだもん」
「わかるー、ほんとに不思議だよね。この調子だと妖精とか、ネコミミ人間とかもいたりして!」
「あはは、さすがにそれはないでしょ~」

 と、みんなで笑ったその時だった。
 頭上でがさがさと葉音がして、一行の目の前に何かが降ってきた。

「うわあ!?」

 ユウヤは飛びのき、シズクからウサギが一目散に離れていく。

「……人が落っこちてきたよ!?」

 と、カオルが言った通り、そこにいたのは確かに人だった。しかし彼らの目に飛び込んでくるのは、長い水色の髪と。
 頭にぴょこんと生えた猫のような三角の耳。

「……ネコミミだ」
「うん、耳だ。ネコミミ人間だ……」

 と、世にも奇妙なネコミミ人間を前にした一行はぽかんとした顔を見合わせた。

「うぅ~、いててぇ……」
「あっ! 大丈夫ですか?」

 呻き声に我に返ったユウヤは、駆け寄って助け起こそうとする。

「死にそう……」
「え!? どこか怪我してるの?」
「お、お腹が……」
「え?」
「お腹が空いて、死にそうだよぉ……」

 言うや否や、ぱたり、と地面に落ちたのは、髪と同じ水色をしたネコの尻尾だった。

「――ほんっとに助かりましたっ!」

 ネコミミの女の子は、両手を合わせてぺこぺこと頭を下げる。ユウヤたちが食料や水をわけてあげると、すぐに元気を取り戻したのだった。一行は開けた場所で車座になって座っていた。
 
「無事でよかったけど、どうして上から落ちてきたのか聞いてもいいかな……?」

 ユウヤが尋ねると、きまり悪そうな顔で視線をさまよわせながら、彼に水筒を返す。
 
「えっと……森の中にいたら、怖い狼に追いかけ回されて……」
「街道を離れたの?」

 とユウヤが聞いたのも、街道は獣除けの焔が灯っていて、魔物たちは近づいてこないからだ。

「えーと、そう、森の中で……修行、してて……」
「修行?」
「そう! 修行!」

 突然開き直ったかのように、ずいっと身を乗り出して強調する。

「で……追いかけ回されて怖いから……木の上に逃げてたの。でも途中でお金も失くしちゃったし……」
「そこで力尽きたのか」
「うぅ、そんな感じ」

 うなだれる様子を見て、ユウヤ達は顔を見合わせた。見たところ、ユウヤたちとほとんど歳の変わらない女の子だ。そんな子が、お金もなくして、こんなところで一人で修行……。と、カオルがちょっと考えて尋ねる。

「ねえ、目的地はどこなの?」
「え〜と、とりあえず、塔都を目指してて……」

 その返事に、カオルの表情はパッと明るくなった。
 
「それなら、私たちと一緒だよ! ねえ、次の宿場まででも、一緒にいかない?」
「え……? い、いいの?」
「どうかな?」

 と、カオルが見渡すと、ユウヤとユウヤも顔を見合わせて頷いた。
 
「おれはいいと思う! もしきみがよければだけど」
「まあ……どちらにせよ道が一緒ならな」

 シズクも無言で親指を立てる。
 
「せっかくだから色々話聞かせてよ!」

 カオルの言葉に、嬉しそうにぴょこぴょこと耳が動く。
 
「う、うん! それに、助けてもらったお礼も何かしたいし……」
「お礼なんていいのいいの! 私はカオルで、あっちがシズク」
「こっちがユウトで、おれがユウヤだよ!」

 それぞれの名前を聞いて、徐々に少女の顔が明るくなっていく。

「わたしは……テリシアっていいます! ――未来の、大魔法使いだよ!」

 道中、歩きながら話を聞いていると、テリシアはつい最近、故郷の村を飛び出してきたばかりだという。
 
「わたし、大魔法使いになるんだ!」

 と、張り切っているが、今しがた行き倒れているところを目撃したユウヤたちからすれば、湧いてくるのは心配ばかりだ。
 
「それでひとりで旅してるの?」
「うん。立派な魔法使いになるためには経験が大事だからね!」
「でもやっぱり、危ないんじゃない……?」

 ユウヤが尋ねるとテリシアはしゅんとうなだれる。
 
「うん……でも!」
「でも?」
「わたしは大魔法使いになるまで帰らないって決めたから!」
「おお〜」

 ぱちぱちとユウヤが拍手する横で、無謀だな、とユウトが呟き、ユウヤにつつかれる。
 
「けどこれからどうやって旅を続けるんだ、お金もなくしたって言ってなかったか?」
「うぐっ……そ、そうなんです」
「う〜ん、それは困ったねぇ」

 とカオルは思案顔で空を見上げる。少し気まずさを感じたのか、テリシアは四人を見回した。
 
「えーと、みんなも旅してるの?」
「そうだよ。おれたちも塔都を目指してるんだ。その……」

 ユウヤは口ごもると、さっとユウトに耳打ちする。
 
「実は異世界から来たなんて言わないほうが良いよね?」
「当たり前だろ。話がややこしくなる」

 だよね、と頷いてユウヤは続ける。
 
「えーっとね……人を探してるんだ」
「人探し?」
「そうなんだよ。おれたちの幼馴染がいなくなっちゃったんだ」
「人が集まる世界の中心に行けばなにか手がかりがあるかもって、旅をしているんだよ」

 と、カオルも付け足す。
 
「そうだったんだ……見つかるといいね、その人……」

 テリシアがそう言った時だった。
 辺りが突然、薄暗くなる。
 
「ん? なに?」

 まだ日が暮れる時間ではない。空が曇っているわけでもないのに、周囲に影が落ちるように暗くなったのだ。
 
「……! 見て、あれ!」

 カオルが指差す先の地面に、湧き出るように黒い水たまりが拡がっていく。
 
「なにあれ……魔物?」
「魔物って……あんなの見たことないよっ!?」

 とテリシアは後ずさる。
 ユウヤはとっさにイヤホンを外して聴覚に意識を集中するが、すぐに顔を歪めてまた戻した。
 
「だめだ、何も聞きとれない……でも、よくないものだよ、引き返そう、みんな!」

 そう言い終える頃には、その影は地面から膨らんでぼんやりと亡霊のように佇んでいた。
 
「……これは……」
「なにか見える?」

 ユウトは一瞬メガネを外して、周囲を見渡していた。
 
「……だめだ、よく分からない、逃げるぞ」

 この世界に来てから二人が得ていた不思議な能力も、まだうまく使いこなせてはいなかった。どちらもノイズだらけで、必要な情報を拾い出すことができないのだ。
 しかしきびすを返そうとした五人の方へ、《影》が飛んでくる。
 
「うわわ!?」

 水しぶきのように飛び散ったそれが、刃物のように周囲の木々や地面に突き刺さった。
 
「あ、あんなの当たったら……」

 あっけにとられたようにユウヤが呟く。
 その時、テリシアが走り出た。
 
「テリシアちゃん?!」

 背中の杖を抜き放ち、影に向ける。
 
「……――!」

 意識を集中させたテリシアの周囲に風がまきおこり、杖の先に光が集まった。
 息を呑んで見つめる視線の先で、その光が輝きを増し……。
 ポンッと弾けて消えた。
 何も起こらないまま、五秒が経過した。
 
「………………だ、だめでした、てへ」
「大魔法使いになるんだよねっ!?」

 一行は影に背を向けると、一目散に駆けだした。
 
「じゅ、十回に一回くらいは成功するよっ!」
「それじゃ命が十個ないと足りないねっ!」

 そんな風に叫ぶカオルの横を影の飛沫がかすめていく。振り向いてみれば、影がずるずると追いかけてくるのが視界に映る。
 
「お、追いかけてきてるよっ」
「……なんか、逃げてばっかりだなぁ」

 とシズクが呟き、ちらりとユウヤの方を振り返る。
 
「ねえユウヤくん。前みたいなあれ、やり方わかる?」
「え!? 前のって……あの光みたいなやつ?」

 ユウヤは思い出す。この世界に来た最初、獣に襲われた時になぜか使えた魔法のことだ。
 
「いや、あれ以来一度もできないよ……どうやってやったのか分からないし」
「ふむ。じゃあ、そこの大魔法使いさん」
「……えっ!? わたし!?」
「そう。さっきみたいに魔力を集めて、その後はユウヤくんに任せて」
「ユウヤくんに……?」

 シズクの言葉に、テリシアは怪訝な顔をする。
 
「うん、やってみて」

 二人の目線の間を、黒い影が飛んでいく。
 
「――分かった!」

 テリシアとユウヤが並んで足を止める。
 影を避けながら、テリシアは再び杖を突きつける。風が起こり、杖の先に光が集まる。
 隣に立ったユウヤが杖に手を携えた。
 
「こ、こう?」
「あの時みたいに、イメージしてみて」
「……やってみる!」

 テリシアは魔力を集める事に集中する。ユウヤは、杖先に集まった魔力がはなつ光へ感覚を手繰り寄せていく。
 
「下だ、ユウヤ」

 と、苦々しげに目を細めたユウトが言った。
 
「わかった――」

 ユウヤは頷いて、光がまっすぐと飛んでいくイメージを繋げた。
 光がふくらんで、撃ちだされる。それは影の根元に着弾すると、まばゆい光を放って影を溶かしていった。
 
「おお……!」

 一同が見つめる先で影が崩れ去ると、周囲にも明るさが戻ってくる。
 
「で、できた……」

 ユウヤとテリシアは顔を見合わせて。
 
「――やったー! ユウヤくん、すごい!」

 と、テリシアはユウヤの手をとってぶんぶんと振り回した。
 
「すごいじゃん! どうしてシズクはこれがうまくいくってわかったの?」

 カオルが覗き込むと、シズクはうーんと首を傾げる。
 
「なんとなく」

 その先をユウトがなるほど、とメガネを戻しながら言う。
 
「さっきテリシアは魔力を集中させるところまではよかったが、コントロールで失敗した。ユウヤは魔力を集中させる方法はよくわかっていないが、直感的に操ることはできた――ってことか」
「まあ、そんな感じ」
「なるほどぉ……さすがシズク! すごいすごい!」

 カオルはシズクの手を掴んでぶんぶん振り回すのだった。
 
「……でも、今のってなんだったんだろう?」

 ユウヤの問いかけに、ユウトも腕を組んで考え込む。
 
「よくわからないが……敵意を感じた。街道は基本的に安全だって話じゃなかったのか?」
「わたし、あんなの見たこともないし、聞いたこともないよ」
「……この辺りも危ないかもしれない、早く森を抜けよう」

 ユウトの言葉に各々うなずき、一行はとりあえず周囲を警戒しながら先へ進むことにした。

 日が暮れるころになって、五人は森を抜けて街道沿いの宿に立ち寄った。あの影と再び遭遇することもなく、なにごともない平穏な道のりだった。

「はぁ~、疲れたあ!」

 と、食堂のテーブルでユウヤは突っ伏す。
 
「わたしもこんなに歩いたの久しぶりだよー。筋肉痛になりそう」
「そうだね……明日も歩くのかぁ」
「明後日もな」
「しあさってもね」

 とユウトとシズクが続け、ユウヤはうっと苦い顔をした。
 料理が運ばれてくる。キノコのソテーや香草で香りづけされた肉など、森で採れる食材の料理が並び、ふわっとバターの香りが漂った。
 
「おいしそう!」
「ほ、本当にわたしも食べていいの?」
「いいよいいよ! ……いいよね?」
「いいだろ、多分……」

 現在、ユウヤたちが旅の資金を持ち合わせているわけではない。この世界に来た最初、彼らが出会った「まおー」と名乗る少年……彼から渡された、林檎のような果実のエンブレムがあしらわれたペンダントをユウヤは眺める。
 
 ――これを見せれば街道沿いの宿なら泊めてくれるからさ!
 
 と、言って押し付けられたものだ。その時は一同半信半疑だったものの、実際にそれをみせれば宿屋の人たちはユウヤたちを泊めてくれ、食事をすることもできた。
 
「そ、それってま、まおー軍のエンブレムじゃ!?」

 ガタッとテリシアが椅子を鳴らして立ち上がった。
 
「あ、やっぱりテリシアちゃんは知ってる?」

 カオルはキノコを頬張りながら尋ねた。
 
「さすがに知ってるよ! 昔この世界を平和にしてくれた、……なんか世界で一番強い人たち……だよね!?」
「そうらしいねえ」
「な、なんでユウヤくんたちがそれを……?」

 ちょっと考えて、カオルはフォークを皿に置くと身をのりだした。
 
「まあ、色々とね……あのさ、テリシアちゃん」
「ん?」
「テリシアちゃん、これからも修行、続けるんだよね?」
「そ、そうだねっ!」
「でも、お金ないんだよね……?」
「う、うん…………」

 テリシアはすとんと椅子に座り込み、耳がしゅんと下を向いてしまった。そんなテリシアを前に、四人はお互いに顔を見合わせる。それから、ねえテリシア、とユウヤが声をかけた。
 
「良かったら塔都まで、おれたちと一緒に行かない?」
「え……?」

 ユウヤの提案に、テリシアはきょとんと目を見開いた。
 
「……な、なんで? 今はまだ、魔法もうまく使えないし、お金もないし……きっと迷惑かけちゃうよっ」

 困ったように言うテリシアに、いいんだよ! とユウヤは笑いかける。

「なにもできないのはオレたちも一緒だしな」

 ユウトも肩をすくめた。 

「そうそう! ……それにテリシアは、大魔法使いになるんだろ? おれさ、それを応援したいって思ったんだ!」
「ユ、ユウヤくん……」

 テリシアは顔を輝かせた。カオルも大きくうなずく。
 
「私もそう思う! テリシアちゃんの夢、叶うまで応援したいな。ね? シズク!」
「ん? うん、そうだね」
「そ、それなら!」

 とテリシアは身を乗り出した。
 
「みんなの人探し、わたしにも手伝わせてほしいな。助けてもらったお礼っていうか……力になれるかは、わかんないけど!」
「本当に? それなら助かるよ! ……ていうのも……」

 ユウヤはみんなに目配せをした。ユウトは頷く。
 
「……おれたち、実はさぁ」
「うん? なに?」
「――《異世界》から来たんだよね!」

 その言葉に、テリシアは固まる。
 
「………………へ? 異世界?」

 からん、と食器が音を立てた。
 
「うん、話せば長くなるんだけどさ、……それでも、おれたちと一緒に来てくれる?」

 テリシアはしばらく、異世界、という言葉を口の中で呟いた。
 ゆるり、と尻尾が揺れて、徐々にその水色の瞳に輝きが満ちてくる。
 
「――い、異世界……! 何それ! すごいすごい! ユウヤくんたち、すごい!」
「ちょっ、テリシアっ、声が大きいよっ!」

 ――こうして、異世界を旅するユウヤたち一行に、一人の仲間が加わった。
 水色の尻尾とネコミミを揺らす、いずれ大魔法使いになる……かもしれない少女だ。

――『水色の夢に出逢って』フラグメント_Adventure