ある日、雲の遥か上から一人の少年が落ちてきた。
少年を包む光は、流星のように空を流れる。滅びゆく世界を照らす一筋の赤が、夜空を見上げる人々の目にまばゆく映った。
◇
男が一人、深い森を分け入って歩いていた。辺りは妙なほどに静まりかえって、彼が木々を踏み分ける以外の音はない。
竜のような鋭い片目が木々の奥を見据える。
その視線の先で、木々が突然途切れ、森が開けた。一帯に深い穴が穿たれている。草木は焼け落ち、土の地面がむき出しになっている。まるで、隕石でも墜ちてきたかのようなクレーターだった。
そして男の隻眼は、その中心に赤い色を捉える。一人立ち尽くして、空を見上げている幼子を。
「……お前、どこから来た」
声にゆっくりと振り向いた幼子は澄んだ赤い瞳を瞬き、首を傾げる。ほんの、五、六才だ、と男は検討をつけ、様子を伺う。
幼子は何も答えず、男の方を見ていた。
「言葉がわからないのか」
その問いに、幼子は男の口元をしばらく見つめたあとで、「……あ……」と呟いた。
男は小さく息を呑む。――真似をしたのか、この一瞬で。
「……空から来たのか」
男はそう言って空を指差した。幼子はその指を見つめ、ただじっとしている。
先ほど、夜空を過った赤い光。そしてこのクレーター。
堕ちてきたのは、この人間なのか。いや……人間?
男は手を下ろし、幼子を見定める。
敵意や殺意は感じられない。しかし男は既に気づいていた。幼子がその身に宿す、計り知れない異質な魔力。――そもそも魔力なのかすら、分からない。
ただ確かなのは、その純粋な力は世界を圧倒する可能性を秘めているということだった。世界の均衡を崩し――あの魔王すら凌駕するかもしれないほどの……いや。
それはあるいは、世界を滅ぼしかねないほどの。
男はしばし逡巡すると、やがて踏み出した。
幼子は逃げるどころか、一歩も動きもしない。男がそばに来るまで身じろぎもせず、ただ見つめている。
やがて幼子の眼の前で足を止め、男はその赤い目を見下ろす。
今ここで、殺しておくべきか。
――いや。それは、《できない》。
ならば、何も見なかったことにして、この場を去るか。
男の巡る思考の中で、やがて可能性はひとつの《未来》に行き当たった。
「……来い」
男がその手を掴んで引っ張ると、幼子はふらつきながら踏み出す。
――これが、後に世界を救うことになる少年の、長い長い運命の、その始まりであった。