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SS:『星を見上げて』_双星のラメント

この作品は長編小説『双星のラメント』のサイドストーリーです。

https://fragment-s.net/archives/1336

 母さんは、ボクたちにいつも言い聞かせていた。
 母さんは魔族だから、ボクたちにもその血が――他の人とは違う、特別な血が流れているんだ、って。

「貴方たちには、他の人にはない”力”があるわ。でもそれで、人を傷つけてはいけない。その力で人々を守り、助けなさい。決して、その力を自分のために使ってはだめ」

 ボクは俯いて、自分の手のひらを見つめる。他の人には、ない力……それをどうやって人々のために使えばいいのか、ボクにはよくわからない。

「分かったよ、母さん」

 そんなボクの隣で、お兄ちゃんは母さんの話にいつも真剣に頷いていた。

 ◇

 ボクたちは学校に入るとすぐに、学校で一番の魔法の使い手になった。
 そして、他の子たちにはいじめられた。

 他の子たちと違う見た目、角や目をからかわれ、混血だから、と仲間外れにされる。でもボクはお兄ちゃんといられれば他の友達が欲しいなんて思わなかったし、他の子たちはどうでもよかった。

 ある日、学校が終わった後。先生のところへ質問に行ったお兄ちゃんを待っていたボクは、そこに通りかかった年上の子たちに取り囲まれた。

「あ! しってるぞお前、へんなやつ!」
「やーい、”あいのこ”!」
「あいのこはフケツなんだってママが言ってた!」
「へんな角ー!」

 そうやってからかわれたボクは、何も言い返さずに黙って立っていた。魔法もろくに使えないこんな子たち、ボクが少し電撃を放てばすぐに死んじゃうのに……。
 でも、やりかえしてはいけないと母さんやお兄ちゃんはいつも言うから、ボクは言われた通りにしていた。

「あれ? っていうか、もう一人がいないなー」

 と子供の内の誰かが言って、ボクはちらりと顔を上げる。

「そうそう、もう一人いるんだろー?」
「オレそいつ知ってる! この前、オレが落とした鉛筆をアイツに拾われて、キモかったから捨てた!」

 一人のそんな発言に、子供たちが耳障りな笑い声を立てる。
 ボクは息が詰まった。
 拳を握りしめて、その手のひらを向ける。バチッと電撃が指先から弾けた時……。

「……そこでなにしてるんだ」

 と、お兄ちゃんの声がした。

「あっ、カストルだっ!」
「出たー!」

 振り向くと、学校の門からカストルが出てきたところだった。ボクは咄嗟に手を引っ込める。ボクがしようとしたことに……お兄ちゃんは気づいてないみたいだ。
 はやしたてる声を気にせずに進み出てきて、ボクの手をとる。

「ほら、帰るぞ、ポル」
「うん……」

 子供たちが口にする口ぎたない言葉を背に浴びながら、ボクはカストルに手を引かれて家に帰る。

「ああいうのは気にするな」
「……うん、ありがとう、お兄ちゃん」

 ボクたちは手を繋いで、家へ帰る。
 母さんは他の人を助けなさいって言うけれど……なんで他の人たちを助けなきゃいけないのか、ボクには分からない。なんでこの力を自分のために使ってはいけないの?

 でも……お兄ちゃんは、母さんの言いつけを守って……いや、多分、そうじゃなくても、お兄ちゃんはきっと人を助ける。ボクたちを虐めるような人たちにも、お兄ちゃんはいつだって優しくて……だからこそ、あいつらが許せない。

「ねぇお兄ちゃん……」
「どうした?」

 自分のためにこの力を使ってはいけないなら……ボクはお兄ちゃんのためにこの力を、使いたい。――それでもいいのかな?
 そう訊いてみると、お兄ちゃんは小さく笑った。

「……今は、それでもいい」

 それから、お兄ちゃんは足を止めてボクの方を向き直った。

「いつかポルにも、きっとわかる。その力を人のために使うってことが、どういうことなのか」
「そうかな……」

 ボクはちょっと考えてみる。
 お兄ちゃんは……人が傷つくことを望んでない。それがどんな悪い人でも。いつだってどんな人でも、助けてあげたいと、そう思ってるんだ。

 そんなお兄ちゃんが、いつでも眩しかった。

 ボクはどうしてもお兄ちゃんと同じようには思えない。お兄ちゃんを虐める人たちを、守りたいなんて。
 だけど、もうさっきみたいに、人を傷つけようとするのはやめよう。だってそれはきっと……お兄ちゃんを悲しませるから。

 ◇

 ……ボクは小さな窓から切り取られた夜空を見つめていた。
 どこまでも静かな冷たい牢獄の中で、ただ考え続ける。

 『いつかポルにも分かる』――、なんてお兄ちゃんは言ってくれたのに、ボクは結局、いまだ分からずにいる。それが悲しかった。
 ……これから、いつか、それが分かる日がくるんだろうか。

『欠けたまま生きられるようになりなさい』

 ルティスの言葉がよみがえる。
 きっとお兄ちゃんは、もうボクを許してはくれないだろう。――どうすればいい? お兄ちゃん……と問いたくなる気持ちに、ボクは首を振る。

 お兄ちゃんはもう、ここにはいない。だから、この先、ボクがこの力をなんのために使うのか……、それを今度こそ、ボクが自分で決めなければいけない。

 ボク自身が、この罪をどうやって償い続けるのか、自分で考えなくてはならなかった。

 もう見失わないように、現実を見据える。
 ボクは一人だ。
 でも――、お兄ちゃんは今でも、いつまでも、ボクのお兄ちゃんでいてくれる。

「そうでしょ? お兄ちゃん」

 夜空に投げかけた声に、返る言葉はない。

 けれどそこには、ボクたちの名前の由来になった二つの星が、今も瞬いている。