追いかけてくる。どこまで行っても逃げられない。巨大な感情に圧倒される。
錯乱しそうになるほどの……恐怖。
殺される――駄目だ、倒さなきゃ、こいつを殺さなきゃ。このまま逃げたって、殺されるだけだ! 気が狂いそうな恐怖の中で、俺は覚悟を決める。
俺は逃げるのを止めて、必死でそいつを組み敷いて突き刺した。
何度も何度も……もう動かなくなって、ようやく安堵して。
「……?」
目が合う。
その時にこそ本当の地獄が襲いかかった。
「……ラル……!?」
全身、俺が突き刺した傷から血を流して。
もう光を映さない瞳が、俺を見ていた。
目を醒まして飛び起きる。心臓が痛いほど拍を打っていた。
俺は隣に顔を向け、ラルが俺の腕にしがみついて眠っているのを確かめる。……寝息が聞こえる。
――また、この夢か。
力が抜けて、俺は酷い喉の乾きに唾を飲む。
いつの間にか、こんな夢ばかり見るようになっていた。俺がラルを殺す夢。何度も何度も何度も。夢ならまだいい。でも、このままじゃいつか……本当に、現実にしてしまったら。
凍りつくほどの恐怖が背筋を滑り落ちていく。
取り返しがつかない。
『お前は殺すことしかできないよ』
冷たい声が、俺を今も牢獄に縛り付けている。
俺はラルを見下ろした。
起こさないように、そっと頬に触れようとして……指が宙に止まる。
――俺は正しかったのか?
あの日ラルを拾い、育てたこと。死にかけたラルに血を分け与え、魔族にしたこと……これまで過ごしてきた百年もの時間。いや、正しくなどなかったのだ。だから、せめてこれ以上……。
もう目が冴えていた。起き上がってベッドを離れようとすると、裾をぎゅっと掴む小さな力を感じる。
……もうすぐ、魔界への扉を開ける事になる。その先へ、ラルを連れていくつもりはなかった。
魔界はアイツが支配する世界だ。魔界の王にして、俺を今も尚縛り続ける呪い、ゼータ・アルヴェール。
どこまで逃げようと、アイツを殺さない限り、俺は縛られ続けると思い知った。だからもう一度、魔界に戻る覚悟を決めたのだ。アイツを今度こそ、この手で殺すために。
だが、俺はきっとアイツに――。
「ディル……」
ラルは眠ったまま小さく呟く。その声に胸が痛んだ。
別れの時は近づいている。もっと早くにこうするべきだったのに、気づけばこんなにも引き伸ばしていた。
その先に……ラルは一人で……幸福になれるだろうか。
口の端が歪む。
俺がいるから、ラルは幸福になれないのだ、だから俺さえいなければ……。
なのになぜか、浮かんだのはラルの泣いた顔だった。
ディル、行かないで……と、手を伸ばして。
「……お前は俺がいなくても生きていける」
俺はその手をそっと振りほどいた。
――だから、俺なんかに、縛られるな。
静かにベッドを下りて、窓を開ける。
月の見えない暗い夜空へと、俺は窓枠を飛び越えた。
――『軛の悪夢』フラグメント_Adventure