story

小説:「双子の雪うさぎ」

 目が覚めて最初に、冷たさと静けさに気が付く。

 カーテンの隙間から窓の外を見上げると、ひらひらと降る雪がみえた。私はベッドの中で深呼吸する。冷たく澄んだ、冬の朝の空気は好きだった。

 12月18日。

 今日は、優夜と優兔の誕生日だ。

 私たちが高校生になってもう一年近く経つんだなぁ、と、ベッドの中から天井を見上げながら、そんなことを思う。

 同じ高校に通えるようになったときは、嬉しかった。また昔みたいに三人でいられるようになったから。

 私はベッドから身を起こす。

「寒い……!」

 呟きながらカーテンを開けると、冬の薄い光が部屋に差し込んだ。

 窓の外、すぐ隣の二人の家を眺める。

 今日の夜、優夜たちの家では誕生日会が開かれることになっていていて、私と郁さんたちも呼んでもらっていた。そんな風にみんなで集まって誕生日をお祝いするのなんて本当に久しぶりで、一週間前、話を聞いたときから今日が待ち遠しかった。

 ――昔みたいにさ、みんなでお祝いしたいなって、母さんが……。

 そう話す優夜は本当にうれしそうで。そんな優夜の隣に、優兔がいて。

 去年の今頃には、もう一度そんな日が来るなんて、簡単には思えなかったから……。

「今日が二人にとって、いい日になりますように」

 私は誕生日会の事を考えながら、学校に行く支度を始めた。

 ◇

「行ってきます!」

 と家の扉を開けると、花びらのような雪が舞い込んでくる。

 ちょうど同時に隣の家から、二人が出てきたところだった。開いた扉の陰になって、優夜のマフラーが直されているのが見える。

 私に気づいた優兔が先に庭を横切って、こっちに歩いてきた。私はおはよう、と笑いかける。

「優兔。誕生日だね、おめでとう!」

 早速そう言うと、優兔は少し照れたように目を逸らした。

「ああ……」

「ふふ」

「なんだよ?」

「えっと、嬉しいなって」

「嬉しいって……」

 と言いかけたところに、優夜がはずむような足取りでやってきた。

「おはよー、雪架!」

「おはよう。優夜も、誕生日おめでとう」

「へへ、ありがとう! ……これでおれたち三人、同い年だね!」

 まっさきにそう言うのが、なんとなく優夜らしいなと思う。

「そうだね。二人も16歳かぁ」

「うんうん! なんかこう、おれも成長した! って感じ……!」

 とガッツポーズする優夜の隣で、あきれ顔の優兔がビッと優夜のカバンを閉めた。開いていたみたい。

「”成長”……なぁ」

 と優兔の言葉に優夜は苦笑した。

「……えっと……そう、これからこれから! まだ16歳一日目だしっ!」

「あはは……」

 そんなこんなでいつものように三人で並んで話しながら、高校に向かう。降る雪は舞うように落ちて、アスファルトに溶けていく。

 学校が終わるころには、降り続いた雪が少し積もって、窓から見える景色は白くなっていた。

 放課後の鐘が鳴ってホームルームが終わると、一気に教室が騒がしくなる。私は窓の外を見ていた。今夜はきっと雪が降り続くだろう。明日には、町中が雪景色になるかもしれない。

 名前のせいもあるかもしれないけれど、私は雪が好きだった。

「雪架〜」

 ふと呼ばれて振り返ると、優夜が近くに立っていた。

「ごめん!」

 と手を合わせる優夜に首を傾げる。

「どうしたの?」

「ちょっとだけさ、小林くんの手伝いしてくるから待っててくれる?」

「それは全然いいけど……小林くん?」

 視線を教室の前の方に向けると、黒板消しを手に取る小林くんがいる。確か今日の日直だったけど……そっか、もう一人の日直だった大森くんが、五時間目の前に早退したんだ。

「そっか、日直の放課後の仕事、小林くんが一人でやることになっちゃうもんね」

「そうなんだよ。すぐ終わるからさ、玄関のとこで待ってて!」

 わたしたちがそんな風に話している間に、いつの間にか黒板の前に立っていた優兔が、小林くんと一緒にチョークの文字を消していくのが見えた。

 日直の放課後の仕事は黒板を消すことと、日誌を書いて出しに行くことだから……二人でそれを手伝えば、すぐに終わるだろう。

「うん、じゃあ昇降口のところで待ってるね」

「すぐ行くから!」

 と私は鞄を肩にかけて、教室を出た。廊下を歩きながら、ああいうことに誰よりも早く気がついて、手伝えるのがあの二人なんだろうなぁ、と考える。優夜はいつでもまっさきにそういうことに気づくし、迷いなく手助けするんだ。これから自分たちの誕生日会がある、なんて日でも。優兔も、そういうところは優夜とおんなじで。

 変わらない二人のそんなところが私は好きだけれど、時には心配になることもあったりはする。

 昇降口まで来ると、私は帰る生徒たちや部活に向かう生徒たちを眺める。外では雪が降り続けていて、みんなが玄関を出て傘を開く音が辺りに響いていた。

 私も、昇降口を出ると、端っこの方で待っている事にする。そうしてしばらく降る雪を見ていたら、風に吹かれて舞い降りる雪を目で追った先、ふと、水道の縁に小さな雪うさぎが置いてあるのに気付いた。

「 ……ふふ、かわいい」

 誰が作ったんだろう。近づいて、指先でつついてみる。雪うさぎと言っても、耳の代わりの葉っぱにはちょうどいいものがなかったのか、左右で不揃いだし、赤い南天の実はこの近くには見つからなかったのだろう、目はマジックかなにかで赤く塗ってあるので、少し滲んでいる。全体的に不格好だけど、でもなんだか可愛げがある。

 微笑ましく眺めていると、ふと、なにかこう、もの足りない感じがした。

 私は少し考えて、そうだ、とその理由に気付いた。

 あたりを見回すと、少し離れた校舎の壁際に、雪が降り積もっている場所がある。私はそこまで歩いて行って、しゃがみ込むと一握りの雪を手にとる。傘を肩にひっかけながら、雪玉を丸めて雪うさぎの形にした。手のひらが冷たく濡れていくけど、なんだか楽しい。

 顔を上げるとすぐ近くには茂みがあって、雪の中で濃紅色の山茶花が咲いている。春から夏にかけては葉っぱが茂っているだけで、花は咲かないのだとばかり思っていた。それが、冬になって初めて花が咲いて、びっくりしたのを憶えている。その時に、この花は山茶花であると知ったのだ。

 他の花の枯れる季節になって、初めて花を咲かせる山茶花。

 落ちている葉っぱの中からちょうどいいものを探すついでに、目の代わりになりそうな石を拾う。

 それらをくっつけると、結構いい感じの雪うさぎができた。

 私は早速、水道まで戻ると、雪うさぎを並べて置いてみる。

 思わず、うんうんと頷きながら、顔がほころぶ。

 やっぱり、二人一緒じゃないとね。

「お待たせー! 雪架!」

 そんな声に振り向くと、優夜と優兔が玄関を出てくるところだった。少し駆け足の優夜はちょっと危なっかしい。

 おつかれさま、と返したところで、優夜はあっと声を上げた。

「雪うさぎだ!」

「そうなんだよ、誰かが作ったみたい」

「へぇ〜、上手だなぁ」

 と楽しそうに眺めていた優夜は、「うーん?」と首を傾げ始めた。

「どうかしたの?」

「んー、なんか……なんかこう、物足りない気がして……、あ! わかった!」

 ちょっと待ってて!と優夜は傘を優兔に押し付けて、走っていってしまった。

「行っちゃった……どうしたんだろ?」

「さぁ……まぁ、すぐ戻ってくるだろ」

 優兔はそう苦笑したあと、少しして「それ、雪架が作ったんじゃないのか?」と言った。

「おぉ、なんでわかったの?」

「……なんとなく」

 と言う優兔が私の手の方へ視線を向けているのに気づいて手のひらを見てみると、冷たい雪を触ったせいで少し赤くなっている。さすが優兔。よく見てるなぁ。

「よく気づいたね〜。でも私が作った雪うさぎは片方だけだよ。さて、どっちでしょう」

「こっちだろ」

 と迷いなく指差した方は、そのとおり、私が作った方の雪うさぎだ。

「正解! よく分かったね〜」

「わかるだろ、これくらい」

「じゃあ、なんで私が雪うさぎを作ったかわかる?」

 そう尋ねてみると、さすがの優兔も怪訝な顔をした。

「なんでって……暇だったからじゃないのか?」

「違うんだよね〜、それは」

「それ以外に理由なんてあるか?」

 と優兔が考え始めたところに、走ってきたのは優夜だ。

「おまたせ!」

 戻ってきた優夜の髪や肩には雪片が白く乗っていて、優兔は傘を傾ける。優夜の手のひらには、雪うさぎが乗っていた。

「おかえり。それを作ってきたの?」

「そうそう!」

 ちょっと不格好なその雪うさぎを、優夜は並べて置いた。

 ――あ。

「ほら。二人だけだとなんかもの足りないでしょ? 三人じゃないと!」

「……ふふ」

 思わず笑ってしまったのは、それはさっき私が思ったこととおんなじで。そして、嬉しかったからだ。

 そっか、そうだよね。

「人というか、匹だけどな…」 

「もう、細かいことはいいんだよ! 優兔だってこっちのほうがいいでしょ?」

「まぁ、……そうかもな」

 と言いながら、優兔は、「そういうことか」という目で私を見ていた。私は頷いて続ける。

「うん。そうだよね。一人より二人、二人より三人、だよね」

「そういうこと!」

 並んだうさぎは形もばらばらだけど、このほうがずっとしっくりくる。三匹の雪うさぎを眺めて、優夜も満足げだった。

「ふふ、せっかくだし、撮っておこうかな」

 と私は携帯電話を取り出して、その雪うさぎを写真に収める。優夜も「おれも!」とスマホを取り出して写真を撮ってから、

「みんなでとろうよ!」

 と内カメラを向けた。

 なかなかうまくフレームに入らなくて、みんなで笑いながら写真を何枚も撮る。

 撮った写真を確認して、半目の優兔に優夜が笑い転げて。だけど、二枚目は優夜が半目で……。

 ――あぁこうやってまた、みんなで笑いあえる日が来て、良かったなぁ。なんて、楽しくて笑っているのに、なんだか泣きそうになってしまう。

 こんな幸せが、ずっと続くのなら……私はもうこれ以上、なにもいらないのにな――……。

「はー、おなかいたい……」

 と、ひとしきり笑った優夜は滲んだ涙を拭って、気を取り直したように時間を見た。

「……って、早く帰らなきゃ、母さんが待ちくたびれちゃうよね!」

「あはは、そうだね。それじゃあ、帰ろっか」

 私たちは携帯電話をしまう。このまま雪が降り続くなら、しばらくは雪うさぎも溶けずにいるだろう。また明日ね、と呟いて。雪うさぎたちに背を向ける。

「郁さんたちも、もう来てるかな〜」

「さあ……そろそろ着く頃かもな」

 今夜の誕生日会のことを話しながら、帰り道をたどる。選んだプレゼント、喜んでもらえるといいなぁ。そんな事を考えながら、二人の横顔を見ていると、ふと足を止めたくなる瞬間がある。それでも私は、雪を踏みしめて歩く。

 三人で並んでこうして歩く日が、きっといつまでも続くわけじゃない。

 一度失われたからこそ、私たちは三人とも、それを痛いほど知っている。

 だけど今……、それがやがては過ぎ去るものだと知っているからこそ、今が幸せなんだ。

――「双子の雪うさぎ」

……

おまけ

「ねぇねぇ優兔、明日の朝起きたらさ、アレやろうよ、久しぶりに!」

「アレって……」

 といいかけて、俺も思い出す。

「おれ、せーのっていうから、そしたら二人で一緒に誕生日おめでとうって言おう!」

「……あのなぁ、もうガキじゃないんだから……」

「えー! いいじゃん、やろうよ!」

「……」

 昔、一緒に暮らしていた子供の頃、毎年恒例にやっていたやつだ。今思えば、なんでそんな気恥しいことをしていたんだという感じである。

「ねぇー、いいでしょ? おねがい!」

「あのなぁ……」

 高校生になってまでやる事ではない気がする……。とはいえ、離れて暮らしている間は当然、そんなことできなかったわけで。

 それがまたやりたい、という優夜の気持ちは分からなくもない。

「まぁ……」

 と渋々頷くと、「やった!」と優夜はベッドに飛び込んだ。さっきまで、カレンダーの前を行ったり来たりして全然寝ようとしなかったのに。

「じゃあ、おやすみ!」

「……はいはい、おやすみ」

 電気を消して、暗くなった部屋で目を閉じる。

 明日は、俺たちの16歳の誕生日だ。家族と過ごす誕生日は本当に久しぶりで……、きっと、いい日になるだろう。

 そんなことを思いながらうとうとしていると、昔の記憶がふっと蘇ってきた。

 そうだ、あれは……何歳のときか……、まだ小学校に入る前。

『ねぇ、”おめでとう”、どっちが先にいう?』

 なんて、優夜が変な事を拘りだして。確か俺は『どっちでもいいだろ』って言ったのだけれど、優夜はああでもない、こうでもないと考え込んで、その挙句に……、

『じゃあ、せーの、にすればいい』

 なんて言い出したのは、そういえば俺だったんだな、と思い出して、ふっと笑ってしまった。