ただ、何もない、どこまでも暗い場所であたしたちは向き合っている。
「なぁルティ、お前が生まれた日の事、今も憶えてるよ」
「……?」
あたしは首を傾げる。
「なに、急に」
穏やかな眠りの中で、あたしたちはいつもこうしているような気がする。
「あの頃の魔界は、最近に比べりゃつまらんもんだったな」
「……そう」
「でもお前が生まれて、少しは面白くなった」
にやりと笑う顔に、あたしは少し呆れそうになる。
あたしが小さい頃から、フェゴラとは数え切れないほどの勝負をしてきた。あの頃、何も知らなかったあたしにとってはただの遊びだったけど……あたしたちが遊び始めると、いつの間にか村の人たちが遠くへ逃げ出していた理由が今ならわかる。
それからしばらく経って……ゼータが新しい魔王となってからは、魔界の空気もずいぶん変わった。
魔界には掟はない。ただ力だけが全てで、何をしようが自由だ。あの世界に罪はなく、また、罰もない。あるのは、力だけだ。
でもあたしは……。
「それで、何でそんな話をしたの?」
暗い世界にじんわりと光が満ち始める。
もうすぐ、時間だ。
「なんでって、そりゃ今日は……」
ふっとフェゴラは笑い、その顔も、世界も白い光に融けていった。
◇
目を開けると、日差しで視界は一瞬、真っ白になる。夕方だ。ちょうど西日があたしを正面から照らしていて、それで目が覚めたみたいだった。
「……ふわぁ」
あたしのお腹の上では、うさみが寝ている。
うさみをそっと持ち上げて、体を起こしながら辺りを見渡した。頭の上に乗せる。
ここはどこだろう。……夢を見ていた気がする。誰かと話していたような……そのイメージを掴もうとすればするほど遠のいて、気がつけばもう泡のように消えている。
「……いつも似たような夢を見てる気がする」
目覚めた後は思い出せない、だけど心地よく、懐かしい夢。
座り込んだまま、空を見上げる。そこはまおー城の屋根の上だった。
「あ! ルティ、こんなところにいた」
そんな声が屋根の下のほうから聞こえて、ひょいっと顔を出したのは、ハイトだった。
「……ハイト。なにしてるの?」
「何って言うか……ルティを探してたんだよ」
「あたしに何か用?」
ハイトはひらりと翼をはためかせて、屋根の上に上がってきた。
「実はさ、今日はみんな揃ってるんだ。だからたまにはみんなで食事でもどうかなって」
「食事?」
「うん。それにさ、今日はルティの誕生日なんでしょ?」
……誕生日。
いつ聞いても、不思議な響きの言葉だ、と感じる。
「そういえば……そうかも」
「やっぱり魔族って、みんな誕生日に全然興味ないよねぇ……」
それもそうだろうと思う。そもそも、魔界では暦をほとんど意識しない。魔界はここと違って、太陽の回りもないし、季節もないから。
「でもみんな揃ってるなんて……珍しいね」
「うん、そうなんだよね。準備はもうすぐ終わるから、このあと用がなければ食堂に来てよ!」
「……わかった」
◇
食堂に入ると、料理のいい匂いがした。広いテーブルの上には、様々な料理が並べられている。
「これ、ハイト達が作ったの?」
「うん。まぁね」
ちょうどキッチンから、シュトラルカが大きなお皿を持って入ってくるところだった。あたしの方に気づくと、ちょっと照れたような顔をして、……躓いた。
傾きかけた皿を魔法で支え、そのまま宙を浮かせて机まで運ぶ。
「あ、ありがとう……」
シュトラルカは皿を目で追ってから、ぺこりと小さく頭を下げる。
「よし、これで料理は全部だね。ラルも手伝ってくれてありがとう。食材集めは、ベルとディルにも協力してもらったんけど、って……」
ハイトは部屋の奥に目を止めて口を尖らせた。
「ちょっと、まおー! まだみんな揃ってないんだから、先に食べないでよ」
「えー? だってみんな遅いんだもん」
と悪びれもせず、まおーはサイコロステーキを頬張っている。
「今日の主役はルティなんだからね? まったく……」
「別にあたしはなんでもいいけど……それより」
あたしは室内を軽く目で見やる。
「みんな揃ってる……って言う割には、ベルとディルがいないみたいだけど……」
「あはは……どうやらそうみたいだね」
ハイトは苦笑して、ラルは少し申し訳無さそうな顔になった。
「あの、ディルは用事があるからって……どっか行っちゃった」
「そっかぁ……ベルは?」
「ベルなら、さっき城から出てくところを見たよ」
まおーはもぐもぐとパンを食べながらしれっと言った。
「もー、みんな自由なんだから……」
まぁ……とハイトは、椅子を指し示した。
「二人の分は取っておけばいいか。しょうがないから、とりあえず僕らだけで食べよう」
「うん」
まおーはもう食べてるけど。
あたしは席について、改めてテーブルを見渡す。肉のソテーやサラダ、スープ、他にも、あたしには名前の分からない手の込んだ、料理が沢山並んでいる。
確かに、珍しい食材の料理もいくつかあるみたいだった。
「みんな揃う」ことなんて、十年に一度あるかないかというところだから、誰かしらいないのは当たり前だとしても、ベルやディルが食材集めを手伝ったというのは、それだけで十分珍しいことのように思える。
「ルティ、誕生日おめでとう!」
そんな事を考えていると、ハイトはとっても嬉しそうな顔であたしに言った。
「……ありがとう」
ハイトは毎年、あたしたちの誕生日を祝う。まおーとラルは正確な誕生日がわからないから、一年に一度、パーティを開いて。
最初は、その意味がよくわからなかったけど……なんとなく、こういうのも悪くはないかもって思うようになってきた。
それに、こうしてハイトが誕生日を祝うような事がなければ、あたしたちは今よりもっと関わる機会がなかったような気がする。
「……おいしい」
あたしは暖かいポタージュスープを一口飲んで呟いた。
「だってよ、ラル! よかったね」
「えへへ……」
「このスープ、ラルが作ったの?」
「そう。うまくできたかな……?」
うん、とあたしは頷いた。ラルもいつの間にか、こんな美味しい料理が作れるようになってたんだ。
その時、食堂の扉が開く音がして、あたしたちは顔を上げる。
「あれ……ベル?」
ハイトが意外そうな声を上げた通り、そこにいたのはベルだった。
「あー、遅くなって悪かったな。ほら、これ」
ベルが差し出してきたのは一本の瓶だった。とても綺麗な琥珀色の液体が入っている。果実酒か何かみたい。
「あ――もしかして!」
とハイトがガタッと立ち上がった。
「頼まれてたけど、結局手に入らなかった琥珀酒。入荷したって話があったから、買ってきたんだよ」
言いながら放り投げた瓶を、ハイトがキャッチした。
「ベル……ありがとう! これを用意したかったんだよね」
へぇ、とまおーは物珍しそうにその瓶を見つめた。
「琥珀酒かぁ、数が少なくて貴重らしいし、よく手に入れられたね〜」
「ちょっと、まおーは飲んじゃ駄目だからね?」
ハイトの言葉に、まおーは不満げな顔をする。
「えーなんでー? ぼく子どもじゃないんですけど〜」
「その姿のままじゃ、どうせまた調子悪くなるでしょ?」
「はいはい」
ベルはそんなまおーを呆れ目で見やってから、食卓についた。
「あー、やっぱり誰かさんがいないな」
「う、うん……」
少ししょんぼりしてるラルの隣は空席だ。それを見かねたハイトが次に言いそうなことといえば。
「……やっぱり僕、ディルを探してくるよ!」
ハイトの言葉に、ラルは「え?」と顔を上げる。
「でも……」
「せっかくみんなきてくれたんだし。ディル、まだそんな遠くには行ってないみたいだから。用事も手伝えそうなら、手伝ってくる!」
魔力探知すれば、大体どこにいるかはわかる。ハイトには鴉もいるから、きっとすぐに見つけ出せるだろう。
「ちょっと行ってくるよ、みんなは先に食べててね!」
立ち上がって食堂をでていくハイトにつられて、ラルは弾かれたように立ち上がる。
「わ、わたしも行く……!」
……結局、その部屋にはあたしとまおー、ベルが残されることになった。
「まったくもう、みんな自由なんだから〜」
とまおーは相変わらず、そんなみんなの様子は気にせずサラダを食べている。
「まぁ、いつものことだな。……悪いな、なんかバタバタしてて」
「……え?」
「誕生日、なんだろ?」
ベルは先程の琥珀酒の瓶をとって、栓を開けるとあたしのグラスに注いだ。
「おめでとう、って言うのも……なんか照れるな」
「だね。魔族はこんな風に誕生日を祝ったりしないし、でも……」
そこでまおーが、魔法のステッキのようにフォークを回した。
「こういうのも悪くない、よね」
うん、と頷いた。悪くない、と思った。
あたしがグラスに口をつける横で、ベルは顔をしかめて「食器を振り回すな」と咎める。まおーは「は〜い」と生返事。
意味ないと思うけど。百年近くあれだし。
「……あったかくて、不思議な味」
琥珀酒……とろっとした舌触りで、蜂蜜のように甘いのだけれど、僅かな爽やかさが香りが鼻にぬけていく。
そしてなんだかぽかぽかと暖かい。
「……ありがとう」
あたしは呟いた。
その時……頭の隅で、懐かしい記憶がよぎる。
普通は気にもとめないものなのに、なぜかあたしの生まれた日付がやってくる度に祝ってくれた変わり者。
そんな人が昔……あたしの近くにいたような、そんな気がした。
『お祝いはみんなで』――フラグメント_adventure